前十字靭帯は膝の関節の中にある重要な靭帯で、「膝関節の安定性を保つ」という大きな役割を持っています。主に、すねの骨(脛骨)がふとももの骨(大腿骨)に対して前方にずれるのを防ぐ役割を担っています。その他にも回旋運動に対する安定性、関節固有位置覚、膝関節屈曲伸展運動をスムーズにするなど重要な役割があります。その前十字靭帯が損傷すると「膝関節の安定性」が失われます。損傷した直後には大量の出血に伴い、膝が腫れて、強い疼痛が出現します。2~3週間程度の時間の経過とともに、腫れや疼痛は徐々に軽快していきます。しかし、前十字靭帯が損傷したままでは大腿骨に対して脛骨が前方に頻回にずれるようになり、歩いて急に膝がガクッとなる「膝崩れ」という症状が出現しやすくなります。そのような「膝崩れ」を繰り返したり、不安定な膝のままスポーツ活動などを再開すると、膝関節の中にある他の組織である半月板や軟骨が高確率で損傷してしまいます。このグラフは前十字靭帯損傷後の半月板損傷の発生を調査したものです。これらは2次的半月板損傷・軟骨損傷とも呼ばれ、前十字靭帯損傷直後に問題とならなくても、年齢が進むにつれてそのリスクは増大し、変形性膝関節症と呼ばれる膝関節の年齢性の変化が進行していきます。前十字靭帯は膝を守る大事な靭帯であり、適切な治療によってその機能を温存することが望まれます。

前十字靭帯損傷の治療

治療は手術をしない保存治療、手術によって靭帯の機能を獲得する手術治療の二つが患者さんによって選択されます。上述の通り、前十字靭帯は大切な役割を果たしていますので、当グループでは活動性のある若年者には積極的に手術治療を勧めています。以前はアスリートを中心に若年者を対象として手術治療を施行することが多かったですが、現在では生涯スポーツの推進や健康で快適な生活を長くことを目的として50才程度まで適応を広げて手術を施行しています。アスリートやスポーツ競技者の競技復帰を目指した手術から、健康でQOLの高い生活を送るための手術まで当グループでは患者様ひとりひとりにあった治療方法を選択しています

当グループにおける手術治療の実際

前十字靭帯は関節の中にある靭帯でありその修復能力が低いのも特徴です。前十字靭帯そのものを縫って結合させても癒合する確率は低く、靭帯の縫合術は現在、ほとんど施行されていません。縫合するのではなく、損傷した前十字靭帯の代わりに新たに作製した腱を移植する手術、つまり「再び」腱をつくる「再建術」が行われます。また、膝関節はメスで大きく皮膚を切開し、関節を開くとそのダメージは大きくスポーツ復帰などには大きな悪影響を与えるため、前十字靭帯の再建術は直径4.0㎜の関節鏡を用いて最小侵襲で行います。関節鏡視下前十字靭帯再建術の手術手技は、近年、飛躍的な発展を遂げており、その安定した成績が報告されています。

手術方法

前十字靭帯再建術は主に移植する腱によって手術方法が変わります。日本では、膝を曲げる筋肉である「ハムストリング」を移植腱にする方法と、お皿の骨の下にある膝蓋腱を骨付きで移植腱とする「骨付き膝蓋腱」による方法が選択されます。また、1本の移植腱で前十字靭帯を再建する方法や2本の移植腱で再建する方法などがあります。当グループでは「ハムストリング」を用いて、もともとある前十字靭帯にできる限り近い靭帯を再現できる「2重束前十字靭帯再建術」を行っています。手術は直径4㎜の関節鏡を挿入する傷が3つ、移植腱(ハムストリング)を採取し、その腱を挿入するための3㎝の傷がひとつ、合計4つの小さな傷で手術が可能です。

※骨付き膝蓋腱は手術後に膝の前に痛みが出やすいというデメリットもありますが、「手術直後の固定力が強いこと」「伸びにくいこと」などのメリットもあり、当グループでは格闘技を行う方や超早期復帰希望する方などに対しては骨付き膝蓋腱を用いた再建術も施行しています。

(関節鏡視下前十字靭帯再建術のための手術前検査)
手術は基本的に全身麻酔で施行しますので、手術のストレスを患者様が感じることはなく寝ているうちに手術は終わります。全身麻酔を受けるための全身検査として、血液検査・胸部レントゲン・心電図・呼吸機能検査等を当院にて施行します。また、前十字靭帯を評価するためのMRIは半月板損傷や軟骨損傷の評価にも優れるため手術前には必ず施行します。また、入院後にCybexという特殊な筋力測定機械を用いて、詳細に筋力の評価を行います。この筋力測定は手術後の筋力回復を術前と比べるだけでなく、競技復帰そのものの目安となりますので非常に重要な検査です。検査は手術側だけでなく反対側に対しても詳細に評価します。これらの検査は外来、もしくは入院後手術直前に行います。

《2日前》全身麻酔の検査・Cybexによる筋力評価を行うため基本的に手術2日前に入院
※リハビリテーションは手術前から開始

《前日》手術前日に本人・家族(希望する場合には知人・友人)に対して手術説明

《手術日》全身麻酔のため朝から飲食は禁止となり、点滴にて水分・栄養を補充

《術後1日目》車いすでの移動

《術後2日目》松葉杖にて移動

《術後7日目》装具を着用し体重をかけての歩行

《術後14日》1本のみの杖を使用して歩行退院

※上記スケジュールが基本ですが、仕事や学校などの都合で2週間の入院治療期間が確保できない場合や早期退院を希望する場合には「短期入院コース」も用意しておりますのでご相談下さい。

(退院後のスケジュール)
外来通院にてリハビリテーションの継続
レントゲンによる靭帯を固定した金具などのチェック
Cybexを用いた筋力評価
MRIによる再建靭帯の評価
術後3か月よりジョギング開始
術後6~8か月にて競技スポーツの復帰を目指す

当グループでは、選手や患者さんのバックグランドや目標とする大会などを考慮したオーダーメイド手術を心掛けていますので、来院時は遠慮なく手術の希望や手術の目的などを教えていただけると幸いです。入院期間やリハビリテーションスケジュールなどを個別に調整いたします。